オーストラリア大学院留学プログラム

メルボルン大学医学部の博士課程に研究留学
現在はオーストラリアの病院で外科医として勤務

大学:メルボルン大学・大学院
専攻:医学部
留学期間:2007年7月〜2011年7月

東京出身。東京慈恵会医科大学(医学部医学科)を卒業後、慶應大学病院の小児外科で外科医として勤務。メルボルン大学・大学院での研究留学を終えた後、そのままオーストラリアに残り、Royal Children's Hospitalで勤務している。


大学院留学が大きなステップアップの機会になった

2009年2月、ロンドンで開かれた国際シンポジウムにてポスター発表

2009年11月、キャンピングカーをレンタル、グランピアンズ国立公園1週間の旅

2010年9月にPhD final presentation終了。3年半の研究成果を1時間のトークにまとめます

2011年3月に、卒論を提出しました。2人の指導教官とともに

家族でタスマニアへ。クレイドルマウンテンを望む

Q:留学前の職歴を教えてください。

A:聖路加国際病院での前期研修医→外科レジデントを経て、慶応義塾大学医学部外科学教室で小児外科専修医をしていました。

Q:留学を決めた理由は何だったのでしょうか?

A:大学病院で臨床をやっている間に初めて医学研究に興味を持ちましたが、大学病院の勤務医、特に駆け出しの外科医が研究に関われるチャンスは非常に限られています。きちんと研究に取り組むためには大学院に進学する道がありますが、日本では、臨床と掛け持ちの期間があり、研究に専念するのは意外と難しいと思います。しかも、私の研究テーマに熱心に取り組んでいる研究室が日本に少なく、それならいっそ海外の大学院に挑戦しようと思いました。

Q:堀田さんの研究テーマとは?

A:簡単に言うと、便秘の研究です。大人が便秘で命を落とすことはありませんが、生まれたばかりの子供は、まれに重症の便秘のために手術が必要になる子がいます。ミルクが飲めず、腸炎を起こして死に至ることもあるため、腸の悪い部分は切除しなくてはなりません。こういう子供は生まれつき、腸を動かす神経が無いことがすでに知られています。切除しなくてはならない悪い腸の長さはまちまちです。これが短い子供は手術だけで病気は治りますが、長い場合はやっかいです。悪い腸を全部取ってしまったら、生きていけないからです。手術ができず、点滴で命を永らえるしか有効な方法がありません。勤務していた大学病院には、このような「口から食べ物を食べられない子」がたくさんいました。生まれつき腸を動かす神経が無いのなら「腸の神経を再生できないか?」というのが、私の研究テーマです。

Q:留学先にメルボルン大学を選んだ理由は?

A:医学研究では学術論文のデータベース環境が整っているため、専用の検索エンジンを用いて「便秘」「腸管神経」「神経再生」などに取り組んでいる研究者を探すことは非常に簡単です。そうやって腸の神経の発生や解剖について長年研究しているグループがメルボルン大学にあることを知ったからです。

Q:指導教官はどうやって探したのですか?

A:大学院留学、特に研究留学の場合、よい指導教官を探すことが極めて重要と考え、メルボルン大学のある先生に直接Eメールを送って「あなたのもとでPhDをやりたい」という旨を伝えました。さらに、NYで学会があると聞いて、その学会に出席して直接その先生に会ってお願いしました。その時点で私には何一つ研究の業績がなく、基礎研究の経験も知識も不足していました。先生もバックグラウンドも分からない外科医を学生として取ることに不安があったと思いますが、臨床医の強みである「基礎研究で得られた成果を、実際の患者さんの治療に役立てられる」という点を必死にアピールしました。その結果、彼女が私を大学院生として受け入れてくださったわけですが、入学後、公私にわたってこの指導教官には本当にお世話になりました。素晴らしい先生に出会えて、本当に幸せでした。

Q:大学院留学に際して、奨学金を獲得されたそうですね。

A:家族を連れての留学だったため、留学中の生活費と学費を奨学金から捻出したいと考え、申請可能な奨学金にはすべて申請しました。幸運にも、在学中の全学費免除という奨学金をメルボルン大学からいただきましたが、この奨学金は大変な難関だそうで、おそらく指導教官の強力なプッシュがあったものと想像しています。入学後に指導教官から勧められて申請した、生活費補助のための奨学金もいただくことができました。こちらは毎年更新が必要で3年目は選考に漏れてしまったのですが、そのことを指導教官に伝えたところ、ご自身の研究費を割いて私の奨学金に充ててくれました。ほかにも、国際学会に出席するための渡航費用をカバーするトラベルグラントをいただいたり、経済的なサポートは大変手厚いものがありました。

Q:メルボルン大学の施設や環境はどうでしたか?

A:初めてメルボルン大学医学部の校舎に足を踏み入れたときは「ずいぶん古びた建物だなぁ」と思いましたが、図書館が充実していました。中央図書館のほかに各学部の図書館がありました。医学基礎研究関係の文献は世界的にデータベース化が進んでおり、だいたい過去20年以内に主要ジャーナルに掲載された文献はほとんどPDFで閲覧できるようになっています。こうした電子ジャーナルの管理も図書館が行っていて、博士課程の学生は各自のデスクから図書館にアクセスして文献をダウンロードすることができました。

Q:研究環境において日本との違いを感じましたか?

A:ボスの人柄のおかげかもしれませんが、とにかくボスとの距離が非常に近いという特徴はあると思います。研究室のサイズにもよりますが、日本では、ボスがいつも忙しそうで話しかけにくく、私生活での付き合いはほとんどない、というのが一般的かと思います。私のボスはどんなに些細な相談や質問にもいつも快く対応してくれました。ちょっと遠慮して質問をメールで送ったりすると、5分後に私の部屋に来てくれたこともありました。研究室のメンバー同士も仲がよく、同様のテーマの研究をしている研究室同士の交流も非常に盛んでした。

Q:上下関係や横のつながりが、オープンなのですね。

A:近年、医学基礎研究の分野では研究者同士の競争がますます激化しています。研究成果を専門の科学雑誌に投稿する場合、より質の高い実験と結果が求められるようになってきていますが、この要求に応えるためには1人の研究者、1つの研究室では限界もあり、複数の研究室、研究者間で共同で研究を進めるという形が主流になってきています。
共同研究のスタートは別々のトピックを扱う研究者同士の交流にあるので、異なるトピックを扱う研究者を横断的に集めたセミナーも頻繁に開催されていました。事実、私の博士課程のプロジェクトにも、入学後に発生した共同研究がひとつ追加されたのですが、大変興味深い結果につながって科学雑誌に掲載されました。
共同研究も最後は人と人とのつながりですし、バックグラウンドの異なる他者を受け入れる姿勢が求められる場面もあります。その点、オーストラリアのような移民の国では、バックグラウンドの違いは話題にもならないほど日常化しており、純粋に共通の目標に向かって行けるという明るい強さがあります。こうした社会的な背景が、研究環境にも少なからずよい影響をもたらしていると感じました。

Q:医学部の博士課程には、どんな国籍の留学生がいましたか? また、留学生の研究テーマの傾向は?

A:在籍していた医学部解剖学教室の中で一番多くの学生を集めていたのは、消化管の神経の解剖・発生についての研究を行っている先生でした。このトピックの世界的権威で、第一人者ともいうべき先生ですが、彼の研究室を含めた解剖学教室博士課程の留学生の国籍は、シンガポール、フィリピン、中国、インド、ヨルダン、カナダ、韓国と実に多様でした。キャンパスを歩いていて一番目に付く留学生は中国、シンガポール、そしてインドという順番です。
医学部には解剖学教室のほかに、基礎系では薬理学、生理学、微生物学など、様々な教室がありますし、臨床系でも外科学、小児科学などがメルボルン大学内に研究室を持っていました。新研究棟建設中の「Neuroscience、Stem Cells Research」は、今後ますますメルボルン大学が力を入れていこうと考えている研究分野だと思います。

Q:留学先にオーストラリアを選択してよかったと思う点は?

A:キャリアの幅が広がりました。オーストラリアは外国人医師にも門戸を開いている国のひとつで、当該カレッジから認定を受ければ、自国の免許で臨床行為を行うことができます(アメリカだと、アメリカの医師国家試験に合格しなければ臨床業務を行えません)。留学前からこの点に魅力を感じており、大学院在学中にメルボルンの小児病院の外科部長から了承をいただいて、不定期ながらミーティングに参加させてもらっていました。研究中も臨床の知識を完全に忘れてしまわないようにと思ったのと、大学院が終わったらここで働きたいというアピールも兼ねて参加していたわけですが、これが功を奏したのか、現在はこの病院で外科医として働くことができています。このように研究の業績に加えて臨床の実績を積むことができたというのも、オーストラリアならではの利点ではないでしょうか。

Q:ご家族でメルボルンに移り住まれたそうですが、住み心地はいかがですか?

A:安全、快適な住環境で、家族全員がオーストラリアでの暮らしそのものをとても楽しんでいます。海外での生活は日本に比べて不便なことも多いのは事実ですが、日本の便利さ、快適さもいささか行き過ぎの感がありましたので、メルボルンの日常はむしろ私たちに「本当に必要なもの」を思い出させてくれたような気がします。
また、メルボルンは別名ガーデンシティと呼ばれるほどに公園が数多くあります。その一つ一つが日本では考えられないほど広いもので、手入れもよく行き届いており、休日には必ず公園に行って子供たちと遊びます。最近は子供たちが自転車に乗れるようになったので、家族全員でヤラ川沿いのサイクリングコースをサイクリングしたり、夏にはキャンプに行ったりと、オーストラリアのアウトドアライフを存分に楽しんでいます。

Q:大学院留学は、どんな時間だったと思いますか?

A:日本で外科医をしていた時はとにかく忙しくて、家族と過ごす時間がほとんどありませんでしたが、大学院留学の期間は、フレキシブルで自由な時間もたくさんあり、家族と過ごす時間を十分に持つことができました。私生活面では家族の基盤を形成するのに、非常に有意義な時間だったといえます。
仕事の上でも、自分にとっては全く新しいキャリアともいえる医学研究に真正面から取り組むことができました。外科医にとっては医学研究など無意味、無関係と考えている方もいらっしゃるようですが、私の研究テーマは最終的には患者さんの治療に応用されることを目標としています。それに基礎的な知識があると患者さんの治療方針を考える時にも多方面から考察することができるなど、決して無駄ではなかったと思います。
そして、忘れてはならないのは新たな人脈を得たということ。私の指導教官はこの分野ではかなり知られた方なので、同様のトピックを扱う研究者のネットワークが世界各国に大きく広がりました。研究だけでなくメルボルンの臨床の先生方とも知り合いになるチャンスがあり、そのおかげでメルボルンの小児病院で臨床のポストを得ることもできました。このように、今回の留学が公私ともに大きなステップアップの機会になりました。

Q:現在は、メルボルン・ロイヤル・チルドレン・ホスピタルに勤務と伺いましたが、外科医として働くうえで、日本とオーストラリアの相違点を感じるのはどんなところでしょうか?

A:一番大きな違いは、専門家の仕事が集約化されていることだと思います。オーストラリアにはGPと呼ばれる一般家庭医の専門家がいますから、外科医(専門医)のところにはGPからの紹介状を持った患者、すなわち外科専門医の診断や治療が必要な患者しか来ません。しかもビクトリア州に小児病院は1つしかありませんから、外科治療が必要な子供は全てこの病院にやってきます。 
院内でも、外科医の仕事は手術室内で行われる外科手術に集約されています。診断に必要な画像検査は放射線科のスタッフがやってくれます。術後の患者管理は患者が生まれたばかりの新生児なら新生児科医がしますし、集中管理が必要な場合は集中治療専門の医者が面倒をみます。ある意味、外科医は手術をするだけなんですが、そのほうが手術手技そのものに集中できるし、術後管理もその専門家がやるわけですから、医療者と患者の双方に利益があります。

Q:その点、日本の現状はどうなのでしょうか?

A:日本も小児病院ではほぼ同様のシステムで医療をやっていると思いますが、総合病院や大学病院の小児外科では、その仕事が外科手術に集約されているとはとても言いがたい環境です。日本では全国津々浦々にたくさん病院を作ってスタッフも揃え、全国の患者さんが自宅の近くでもよい医療を受けられるように、という患者主体の発想で医療が行われてきました。これは世界に類を見ないすばらしいシステムであることは間違いないのですが、医療の専門化がますます進んでいる昨今では、全ての施設で高い医療水準をしかも限られたコストで維持するのは極めて困難になってきています。特に小児外科のような比較的まれな病気を扱う科では、若手外科医のトレーニングに十分な症例数を確保できない、という問題も顕在化しています。

Q:将来的に、日本に戻られる計画はありますか?

A:今回の留学で、研究の面白さや奥の深さを知ることができましたし、人脈を含めた今後の研究活動の礎を築くことができました。再び臨床の道に戻るわけですが、今後もなんらかの形で研究にも関わって行きたいと思っています。この2つをできるだけ高いレベルで両立するのが理想ですが、できることなら将来的には日本に戻りたいと思っています。
研究、臨床ともに短期間で経験を積むには海外のほうが有利なので、あと数年は海外で挑戦を続けたいところですが、その後、日本に戻るチャンスがあったらいいですね。

Q:医学界にいる方にとって、留学の魅力とは何でしょう?

A:医学界は他の業界から比べるとやや閉鎖的、保守的なところがあります。研究の世界には様々な立場の人たちがいるのでまだ広がりがありますが、臨床の現場だけだと接触する人たちの職種や価値観も非常に限られたものになりがちです。日本を飛び出して新たな生活を営む留学では、必然的に日本ではなかなか知り合うチャンスのなかったような人たちと接触する機会が生まれます。自分のアイデンティティや日本という自分の祖国を新たな視点で見つめ直すいい機会でもあるし、私のように家族と過ごす時間が増えるというのも魅力だと思います。

Q:オーストラリアで学ぶ利点をお聞かせください。

A:家族を伴う留学では、住環境や生活面での安全は無視できません。その点、オーストラリアは犯罪も少なく、日本並みに安全な国といえます。移民の国オーストラリアでは外国人だからといって差別されることも少なく、その寛容なお国柄が研究室の雰囲気にも反映されています。

Q:医療関係で留学を検討中の皆さんに、メッセージをお願いします。

A:医療関係者の中には「日本は医療先進国だから海外留学しても得るものは少ない」と考えている人がいるかもしれません。確かに海外で病気になったりすると、日本の皆保険制度のありがたみや、専門医へのアクセスの良さなど、日本がいかにハイスタンダードな医療を患者にとって負担の少ない方法で提供しているかを痛感します。と同時に、日本の医療現場で働いていた頃の自分を思い出し、そのシステムを支えるために、日本の医療従事者たちが日々流している血と汗と涙に思いをはせることになります。
日本の医療従事者の多くは、現状の医療制度に行き詰まりを感じながらも「どうすればいいのか?」という問いには答えを見出せないまま、ただ多忙な日常に追われているのではないかと思います。私自身もかつてはそうでした。わずか4年の大学院留学で、その壮大なテーマに対する回答を得ることは不可能ですが、海外の医療、研究の現場に飛び込むことで、少なくとも比較対象となるもう一つの軸を得ることはできると思います。
また、あらゆる情報が巷にあふれかえっている今の日本では、医者は患者に選んでもらえるよう努力する必要も生じています。先人と違った道を開拓し、他者との差別化を自分に課していくことも必要かもしれません。私にとっての海外大学院留学は、その第一歩でもありました。「何か人と違うこと」「もっと密度の濃い留学を」と考える方がいたら、ぜひ挑戦していただきたいと思います。

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