No.3「TVコマーシャルの話し」(2001/7/17)

そのCMを見てびっくりした。

「俺は、○○高校で義務教育修了試験に3回落ちたあと(義務教育は16歳まで)生活保護を受けて暮らしていた。」

と言いながら、グランジ系の格好をした若い男性が、缶詰めから鍋に移し替えたベークドビーンズを温め、トーストの乗った皿のそのトーストの上にベークドビーンズをかけて、友人と思わしき3人の男性に振る舞う。

「もともと家庭科が得意だった俺に、ポリテクニック(国立職業訓練校)のシェフのコースをかあちゃんが勧めてくれた。今では一流ホテルの料理副長だ」

場面は、一転して一流ホテルのレストランの厨房へ。。。

「俺の夢は世界一のシェフ。かあちゃんありがとう」

というCMである。
これを始めて見た時「今日は母の日だったのか?」と思った。
7月なのだからそんな筈はないのだ。これはポリテクニックのコマーシャルなんである。
この着眼点にびっくりした。
何せこのニュージーランドのCMは健康な若い失業者が主人公なのだ。
ニュージーランドは失業率は決して低くはない。だが就職難ではないのである。健康な若者なら、そして職種をさほど問わなければ働くチャンスはいくらでもある。
その青年は「俺は生活保護で暮らしていた」と悪びれもなく、缶詰めを温めて料理が得意と言い、その彼が一流ホテルのシェフになり、かあちゃんありがとうである。
そして、このCMは45秒の設定で悠長にそしてゆっくり語られる。

こんなCMもある。
母子で買い物に行った帰りに、母親の運転する車でシートベルトを着用せず助手席に娘が乗っていた。交差点で衝突事故を起した時にその娘はフロントガラスから飛び出し、衝突した相手の車のボンネットの上に血まみれになって乗っている。運転手の母親は助手席から消えた娘を捜しまわる。
これは、「シートベルトを着用しよう」キャンペーンのCMだ。

若者4人がパーティーの帰りに飲酒運転し、壁に激突し車が炎上し「Help」 なんて絶叫するのもある。これは「飲酒運転防止キャンベーン」ものだ。

さしずめ日本で学校の宣伝をするなら、頭脳明晰そうな青年が「未来の日本へ羽ばたこう」(こういう文句は政治でも言いそうだ)などとキラキラ光る白い歯を見せて、画面に向かってガツポーズなどするに違いない。もしかしたら青空に向かってジャンブなんかもするかもしれない。
そしてそれは大抵15秒か30秒で人々の脳裏にメッセージを焼きつける。


交通事故防止のキャンペーンなら、おばあちゃんの手を引いた孫が横断歩道を渡りながら、止まってくれた車の運転手と笑顔をかわす。
そしてその車の中には、チャイルドシートで
にっこり笑った赤ん坊なんかがいたりするのではないだろうか?
間違っても、血まみれの子供の映像などは放映しまい。

CM (Commercial Message ) はメッセージが明瞭に印象深く伝わらなければならない。もちろん、イメージも重要なポイントである。

ここ、ニュージーランドでは、暴力的な言語、セクシャルな映像、大量殺りくなどの映像を含む映画などは16歳以下の子供には放映禁止である。ダイハードなどの映画さえ、16歳以上の年令制限である。子供は暴力や犯罪など、刺激的な映像から守らなければならないという考え方である。テレビも夜の8:00になると、「子供の皆さんおやすみなさい。これからは大人の時間です」と言う。

マスメディアは受け手と送り手の精神的な成熟度により、形成されると思う。
16歳以下の子供を刺激的な映像から守るという思想。
(交通事故の血まみれは刺激的でないのかどうか疑問だが。。。)
交通事故など現実起こり得る事体を直視し、「こういう事を起すな」という直接的な思想。
大英帝国から受け継ぐ、社会保障のゆき届きすぎた成れの果て、働く意欲のない青年や社会保障にたよりきりの国民を増産した結果、メンタリティの怠慢な人々を大量生産し、そのような人に向かって学校を紹介するという発想。
そして、そのCMを45秒という長さで放送するという手法。日本ではCM料の問題もあるだろうが、受け手に45秒の集中力を要求するのは至難の技だろう。
これはもう精神的な成熟度は老成期という事で、このサイクルはこれから新生期に向かうしかないという事なのだろう。

伝えたい人に送るメッセージ。それは絶対数が多くなければ存在しない。
そうか! あのCMは、実は政府の失業者対策の裏メッセージだったのだろうか?


フローレンス@NZ
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